社会復帰を果たした今、サポステに通っていた当時のことを思い出してみて、ここでの体験はどれも私にとって他では得られない貴重な体験だったとしみじみ思います。
サポステに行かなかったら間違いなく働くことはできなかったでしょう。
でも、決していい思い出ばかりではありません。
嫌な思いや恥ずかしい思いをしたことも多々あります。
今回は当時の悲しいエピソードを一つ紹介しましょう。
サポステでグループワークに参加した時のことです。
これはサポステの利用者、つまりニートや引きこもりが集まって行うコミュニケーションセミナーで、週2回、月に8回に亘って行われます。
サポステスタッフの薦めもあり、私は軽い気持ちで参加を決めました。
ひとつお伝えしておきますが、私は共同作業が苦手、というか嫌いです。
メンヘラでコミュニケーション能力や対人関係にも自信がありません。
それなのになぜ簡単に参加を決めてしまったのかというと、グループワークの参加者がみんな私と同じような境遇の人達と聞いていたので、絶対に自分が傷つくようなことはないと少し安心していました。
私以外の参加者が皆、普通の学生や社会人だったら絶対に参加したりはしなかったでしょう。
社会に出る前に対人関係で自信をつけておきたかったし、それに私にはサポステに通い始めた当初から、他の利用者さんたちと交流してみたい、話をしてみたいという欲求がありました。
なので、このグループワークは私の希望に合致したものだったと言えます。
この時の私はとにかく人付き合いに飢えていました。
長い長い孤独な引きこもり生活。
10年間、部屋に閉じこもり社会に出ることから逃げ続け、人と関わることを拒絶して生きてきたわけですが、その生き方を改めようと決めた途端、人が恋しくなったのです。
要は仲間や友達が欲しかったんですよね。
誰かに、それも自分と同じような苦しみ悲しみを背負った人に自分の話を聞いてほしかった、共感してほしかった。
そして自分もそういう人達の話を聞いてあげたかった。悩みを共有してあげたかった。
キャリアカウンセラーやあるいは精神科医なんかが私の話を聞いて、
「そうですか、それは大変でしたね……」
なんて言ってもらえたところで、
「ああ、うれしい。この人は私に共感してくれた!」とは思えない。
どうにも言葉が薄っぺらく聞こえ、本当に心からそう思っているのか疑わしく思います。
こう思うのは私の性格がひねくれているせいかもしれませんが、結局のところ引きこもっていた人やいじめられた人の苦しみ悲しみを本質的に理解してあげられるのは、引きこもっていた人やいじめられた人にしかできないと私は思うんですよ。
グループワーク初日。
私は不安と期待が混ざったような心持でサポステを訪れました。
サポステ一室に集まった参加者たち。およそ15名ほど。
円を作るように部屋にパイプ椅子を置き、そこにグループワークの参加者たちが座り、そして部屋の中央には進行役のサポステスタッフが立ちます。
椅子に座って恐る恐る周りを見渡すと、参加者たちの表情がまあ暗い。
みんな目には見えない何かに怯えているような感じ。
暗い瞳の奥に宿る深い悲しみの色。体中から発散する負のオーラ。
「ああ、ここには俺がいっぱいいる」と思いました。そして、
「俺も周りの人からはこんな風に見られているのか……」と実感しました。
この日は、初回ということで最初に自己紹介がありました。
参加者が一人ずつ順番に立って挨拶します。
「……ブラックインクです。よろしくお願いします」
もちろんひどく緊張しましたが、一言の挨拶だったのでそれほど苦には感じませんでした。
さて、問題はこの後です。
この日の内容は、参加者が二人一組(!)になって3分間雑談(!)するというものでした。参加者のコミュニケーション能力向上を目的とした企画だろうと思います。
二人一組。
そして雑談……。
どれも私が大嫌いな言葉です。学生時代の嫌な思い出が蘇ります。
最初に私の話し相手となったのは私より少し年下とみられる男性。ここではAさんとします。
俺「え、えーと、ブラックインクです。よ、よろしくお願いします……」
A「……あ、はい(小声)」
こんな感じで雑談はスタートしたのですが、一つ問題が発生します。
Aさんの声が小さくて非常に聞き取りにくい。
Aさんが言葉を発する度に私は、「え?」と聞き返さなければなりませんでした。
これがすごく辛かったのです。
実際、日常生活で人と会話している時、相手の声が聞き取りずらくて「え?」って聞き返すこと、あるいは聞き返されることって皆さんもよくあると思います。
私、こういうのが本当に苦手なんですよ。
派遣の仕事で社員から最初の説明を受ける時、うまく聞き取れなかったにもかかわらず、聞き返さずに作業内容を正しく把握できないまま適当に作業を始めてしまい、その結果ミスして怒られたり注意されたりしたこともあります。
聞き返すことに強い恐怖を覚えるんですが、どうしてそこまで怖いのか自分でもよくわかりません。
そんなこともあり、結局この時Aさんとの雑談は全く盛り上がらず、会話が続かなくて最終的に二人とも黙り込んでしまいました。
重い沈黙が我々を包みます。3分間がとても長く感じられました。
次に私の雑談相手となったのは私と同じ年くらいの男性。ここではBさんとします。
Aさんとの会話の反省から、私は何とかがんばって共通の話題を見つけ話を盛り上げようと思いました。
俺「す、好きなアニメとか、あります?」
B「いや、テレビとかあまり見ないんで……」
俺「そうですか……」
B「……」
早速暗雲が立ち込めてきます。
私の中で、ヒキニート=アニメ好きという固定観念があったので、テレビをあまり見ないというBさんの返答には驚いてしまいました。
しかし、私はめげずに話題を振ります。
俺「ゲームとか、やります?」
B「ゲームは好きですね」
俺「どういうゲームやるんですか?」
B「主にダンジョンRPGです」
これは、「キタ!」と思いましたね。
なぜなら私もダンジョンRPGが好きだったからです。
俺「あっ、俺も好きなんですよ、ダンジョンRPG。ちょうど今、PS版のウィザードリィ(リルガミンサーガ)にハマってて毎日プレイしてるんですけど、面白いですよね」
B「???(困惑したような顔)」
俺「???(困惑したような顔)」
B「すみません、ウィザードリィはやったことないです」
俺「え、あ、そうですか……(震え声)」
私の中で、ダンジョンRPG=ウィザードリィという固定観念があったので、Bさんの返答には驚いてしまいました。
つーか、ダンジョンRPGといえばウィザードリィでしょ?(苦笑)
それ以外に何があると?
Bさんの好きなダンジョンRPGとは何だったのか。それは未だに大きな謎です。
結局、Bさんとの会話はこれで終了です。
「Bさんの好きなダンジョンRPGって何ですか?」と聞いてみるだけの余力も残っていませんでした。私の振る話題がことごとく空振りに終わり、もう何を聞いてみたらいいかわからなくなってしまいました。
この後はAさんの時と同様に沈黙が訪れます。会話って難しいと思いました。
こうして私はこの日の参加者、私を除く15名全員と雑談を終えました。
その結果わかったのは、自分が全くと言っていいほど喋れないということ。
友達や仲間を作るには、最低限のコミュニケーション能力が必要で、自分はその最低限のレベルにすら達していなかったという事実。
この事実に気付き、私は大きな衝撃を受けました。
「俺って、こんなに喋れないんだ……。全然ダメじゃん」
会話をするたびに、加速度的に自信が失われていきました。
しかし、この日。
自分が『想像以上に喋れなかった』という事実に気付いたこと以上にショックだったことがあります。
それは何かというと――
AさんやBさんが、私以外の人とはとても楽しそうに雑談しているのを目撃してしまったことでした。
「あれえ?
君たち普通に喋れるじゃん。楽しそうじゃん
じゃあ、俺との雑談の時はどうしてあんなにテンション低かったの?」
しかし、よーく考えてみればそれも納得。
なぜなら、このグループワークに参加した当時の私のスペックは以下のようなもの。
・相手の目を見て喋れない。すぐに視線を逸らす。
・緊張と恐怖で手足が小刻みに震える。
・笑顔が作れず、顔が強張る。
・喋り慣れていないのでとにかく活舌が悪い。噛みまくる。
皆さんだったら、こういう人間と会話をしたいと思いますか?
友達になりたいと思いますか?
まあ、つまりそういうことですよ。
誰だって、そんな人間とは接したくありませんよね。
ちなみに、今現在の私はこの時よりもコミュニケーション能力は向上しています。
対人恐怖症なのは今も変わりませんが、手足が震えたり顔が強張ったりすることはありません。目を見て喋るのはやっぱり苦手ですが、少し慣れました。
尚、活舌は相変わらず悪い模様。
対人関係で自信をつけるために参加したグループワーク。
参加して得られたものは何もありません。そもそも参加したのが間違いだったと途中から思い始めました。
その後、私はサポステに通うのを辞めて引きこもり生活に戻ってしまいました。
それくらい、初日の雑談会での体験がショックだったのです。
この後しばらく暗黒期に入ります。
再びサポステに通い始めるまでに、半年ほどの時間が必要でした。